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私、藤乃 夜舞(ふじの やまい)からの、ささやかな恐怖をお楽しみください

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 降霊   延命の湯   夢の終わり 

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藤乃 夜舞(ふじの やまい)

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延命の湯
夢の終わり


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【俺は今】
少し人とは違う趣のプロデューサーの企画で陸奥までロケに来ている。
イタコに『口寄せ』をさせて、その一部始終を撮るのが目的だ。

「なぁなぁ、口寄せって本当に霊が降りてきてると思うかぁ?」
俺にとっては霊が降りようが降りまいが、どうでもいい話である。
しかし彼にとっては特集番組の企画にしたいほど魅力的な題材らしい。
「事前にいろんな情報を教えてるんだろ?そんじゃ、それらしい事も言えるだろよ」
彼の言うことにも一理はある。
氏名・生年月日・出生地・享年・没した場所・死に様などの基本的な情報と降霊の前に与太話でもして故人の趣味や生前の行動といった情報を仕入れれば目の前で涙目になって座っているお客とも、それらしい会話が出来そうだ。
都合が悪くなれば降りてきた霊にお帰りいただけばいいことだしな。
しかしカメラの前で歴史と由緒のあるイタコを八百長だと晒そうとする、この悪趣味なプロデューサーの神経には正直なところ付き合いきれない感がある。
だがフリーのレポーターの俺が、数字(視聴率)を取れる番組を幾つも手掛けた名うてのプロデューサー様の言うことに逆らえるはずも無い。

撮影予定現場には夕闇が迫る頃に到着した。
みんな移動で疲れているし時間も時間なので、明日の朝からのロケにしようと言ってみた。本当は俺自身がゆっくりと休みたかったからなのだが。
俺の提案は薄闇の作り出す「いかにも」といった雰囲気に魅了されたスタッフ達に、いともたやすく打ち消されてしまった。
そして予めアポをとっていたイタコに連絡をとりロケが開始された。

【筋書きはこうだ】
最初は俺のバァちゃんを降霊してもらう。
もちろんバァちゃんが向こう十年ぐらいはピンピンしてると思えるぐらい元気なことは語らずにだ。
他のお客と同様に「亡くなったバァちゃん」の情報を提供するが、もしもイタコの能力が本物ならば失敗するだろう。
そして口寄せが旨くいっても旨くいかなくても俺は婆さんの手をきつく握り締めて涙ながらに、こう言うのだ。
「本当に、ありがとうございました!」
そして、もう一人会いたい人がいると再び口寄せを依頼する。
会いたい人というのはプロデューサーより渡されたリストから俺が気分で選ぶのだが、このリストがまたなんとも悪趣味だ。
いずれも未解決事件の犯人ばかりが列挙されている。
つまり、この企画は未解決事件の犯人を降霊して霊界からの自白で事件を解決してしまおうって企画なのだ。
たとえ解決できなくても『口寄せなんて嘘っぱち!決定的証拠を撮った!』とブラウン管に踊るタイトルが目に浮かぶ。

しかし犯人が誰だか判らないから未解決事件なのではないのか?
確かにそうなのだが、こういった事件じゃ人相書きなどから例えば『キツネ目の男』などといった犯人を示す呼び名やあだ名があったりもする。
しかもリストは直近の事件でも百年は前の、つまり犯人はもう死んでいるであろう事件ばかりが並んでいる。
イタコは、犯人が生きているから降りてこないといった言い訳ができない。
まことに念入りなことだが、だからこそプロデューサー氏は今の地位を築き上げることが出来たのかもしれない。

【カメリハも終わって】
やがて本番が始まった。
まだ健在の俺のバァちゃんは無事に降りてきて、そして無事に帰っていったようだ。
つまり、このイタコは降霊など出来やしなかったのだ。
口の端にいやらしい笑みを浮かべるスタッフも見えだした。
そして、少しの滞りもなくロケは順調に進んでいく。
俺は頭の中の台本通りに「もう一人の口寄せ」を依頼し、それは快諾された。
少し休憩を挟もうかといったスタッフの言葉に、イタコは「日に三十人を降ろした事がある」と豪語した。
一人や二人の口寄せは屁でもないとアピールしているようだ。
それでも三十分の休憩を挟むこととなりロケ班長が俺に囁く。
「外国の事件の方が面白いかもな。どうせ日本語しか喋れないだろ?あの婆さん」

三十分の休憩の間に件のリストから二十三分の一の確立で俺に選ばれた名誉ある犯罪者は『Jack The Ripper』だった。
『切り裂きジャック』のあだ名を持つ犯人がしでかした事件は洋の内外を問わず広く知れ渡っている。
十九世紀末のロンドンを震撼させた連続殺人鬼は五人の娼婦をメスのような鋭利な刃物で次々と殺害した。
そして割いた腹から取り出した子宮や膀胱などの臓器を戦利品の如く持ち帰っている。
ロンドン市警に投書された彼(彼女?)からの手紙には被害者の腎臓の一部が同封されていた。
最後に殺害された被害者にいたっては目鼻の位置もわからないぐらいにまでバラバラに解体されていた。
ロンドン市警のみならずスコットランドヤードも血眼になって犯人を追い、四人の容疑者が浮かび挙がったが結局は迷宮入りとなったという、あの事件だ。
有名な事件なのだからイタコも知っているかもしれない。
オンエア後のイタコの生活を少し不憫に思い、贖罪の意味も込めてイタコにかけた俺なりの情けだった。

【次の口寄せの対象を告げた】
その場が凍りついたような、奇妙な間ができた。
そして俺達に向けられたイタコの眼差しがみるみる憎悪に満たされていった。
どうやら悪意のある取材であることを悟ってしまったらしい。
カメラは一部始終を見逃すまいと唯一の大きなレンズでイタコと俺の様子を睨み続けている。
「それでは、お願いします」
血の気が引いて真っ青になったイタコを促す俺は、さながら死刑執行人といったところか。
また、少しの間があったのちにイタコは降霊を始めだした。

「う・・・うぅ・・・っう・・・」
幾ばくかの沈黙の後、突然、呻き声のような嗚咽をもらしたイタコが前のめりに突っ伏した。
その場の誰もが目の前で何が起こっているのかを把握できなかった。
演出かとも思ったのだが本当に様子がおかしい。
数分の間、その様子をカメラに収めていたカメラマンが急に叫んだ。
「おいっ!こりゃ本当にやばいぞ!」

医者が駆けつけてイタコを診ている間も、時折、イタコの体は痙攣をおこしていた。
「極度の緊張に耐え切れなかった為に起こった発作」というのが医者の見解だ。
精神安定剤と睡眠薬を投与されて眠るイタコを撮っていても仕方がない。
今日のところは宿に戻って明日以降の撮影にそなえる事になった。

そして静かだった夜が明けると、宿の近所がやけに騒がしくなっていた。
窓から通りに目をやるとパトカーや他局の撮影班の姿が多数見える。
その中には俺達のスタッフも混じっている。

階下に降りると女将と話をしていた2人組みの男が俺の姿を認めて近寄ってきた。

県警捜査一課の刑事だと名乗った男に何事なのかを聞いた。
宿から百メートルも離れていない場所で若い女性の死体が発見されたらしい。
遺体の様子から殺人事件と断定された捜査が始まっており、死体発見現場周辺の昨晩の状況を事情聴取をしているそうだ。

一頻りのアリバイの確認と情報を聞き終えた刑事が席を立ったのを見計らって、1人のスタッフが近寄ってきた。
「今、の刑事さん?俺達も怪しまれてるんですかねぇ?まだ俺のところには来てないんすけどね」
怪しむも何も、死体の発見現場の直ぐ傍に宿をとってるのだから事情聴取するのが当り前だ。
「なんかねぇ、仏さん、酷い状態だったらしいっすよ。腹を割かれて内蔵を持ってかれちゃったんですって」

なんだ・・・。
ちゃんと降霊できてたんじゃないか、イタコの婆さん。

http://syosetu.com/g.php?c=W9968C 
 

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