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私、藤乃 夜舞(ふじの やまい)からの、ささやかな恐怖をお楽しみください

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 降霊   延命の湯   夢の終わり 

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藤乃 夜舞(ふじの やまい)

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降霊
延命の湯
夢の終わり


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誰かが悲鳴を上げたような声が聞こえた。
振り返ってみたが、そこには誰もいない。
またかと思いながら歩きはじめる。

しばらく歩いていると再び誰かが悲鳴を上げたような気がした。
誰もいないだろうとは思うのだが、一応、振り返ってみる。

やはり誰もいない。

この「悲鳴」を聞くようになったのは慰安旅行の帰りからだった。
私の勤め先も御多分に漏れず不景気の煽りを受けており、慰安旅行も隔年に一度となってしまっている。
それでも慰安旅行があるだけマシなのかも知れない。

今年の行き先は、限りなく近畿地方に近い中部の山中にある女鳴切(めなきり)温泉という所だった。
温泉街といった風貌ではなく、山を分け入った処にポンと近代的な建築物が現れ、
建築物から更に歩いて五分ほど山に向かうと温泉が湧いているのだそうだ。

大阪を午前九時に出発して少し渋滞に引っ掛ったが、それでも昼過ぎに旅館に到着した。
部屋に荷物を置くやいなや、皆一斉に温泉へ浸かりにいってしまった。
あまり乗り物に強くない私は気分が優れなかったので直ぐに湯に浸かることを避けた。

ブラブラと館内を歩き回った後、ロビーに腰を据えてコーヒーとタバコをのんだ。
何気にやった目の先に女鳴切温泉のパンフレットがあったので手にとってみた。

山を幾つか越えたあたりが古戦場であったために、当時は落ち武者などがよく現れたそうだ。
ある時、温泉に浸かりにきていた村の女が落ち武者の姿を見つけて悲鳴をあげたものだから、
落ち武者は女の首を一刀のもとに跳ね飛ばしたのだが、体から遠く離れた女の首は尚も悲鳴を上げ続け、
そして、この落ち武者は敵の追っ手に見つかってしまったそうだ。
それが「女鳴切温泉」の名前の由来なのだそうだが、なんとも薄気味の悪い話だ。

宴会は夕方から始まった。
しかし、このときには既に社長を筆頭に殆んどの社員が出来上がってしまっていた。
この辺りは海の幸も山の幸も新鮮なままで流通できる地域にあるようで、出される料理は全て満足のいくものであった。
そのせいなのか少し飲みすぎてしまったようだ。
夜風に当たりに行こうと表に出た時、ふいに温泉に入ろうと思い立った。

部屋に戻り、手拭い等の物を小脇に抱えて温泉への小道を歩いてゆく。
大阪はまだ残暑が厳しいといった気候なのに、こちらは少し肌寒くも感じる。
しかし、露天の温泉に浸かるのには打ってつけの気候ではあった。

更衣室の女性用と男性用の入口の間に温泉の効能が書かれた看板が設置されている。
腰痛・神経痛・リューマチなどに効くような事が書いてあり、いちばん最後に「延命」と書き記されていた。
パンフレットに書いてあった温泉の名前の由来を思い出して背筋が少し寒くなった。

服を脱ぎタオルを持って温泉に足を踏み入れる。
大きな一つの温泉を竹の垣根で男湯と女湯に区切っており、竹の垣根はそのまま温泉の外周をぐるりと取り囲んでいる。
どうやら男湯にも女湯にも、私の他に人はいないようだ。
月を仰ぎながら少し熱めの湯に浸かると本当に寿命が延びるような気がする。
虫の声をBGMにして、しばし都会の喧騒を忘れる。
このまま誰もこなければいいのになと思っていると、

パシャッ・・・

竹垣の向こうの女湯で水が跳ねたような音がした。
人がいたのか?しかし今の今まで私以外に人の気配は全く感じなかった。
きっと灯りに誘われた何かの虫が温泉に落ちたのだろうと思っていると、

パシャパシャッ・・・

こんどは湯を掻き撫でるような音が聞こえてきた。
どうやら私の他にも誰かいるようだ。
風情を独占めしていたつもりだったので、何か損をしたような気分になった。
しかし一体誰なんだろう?
泊まり客は私の会社の人間だけだし、女子社員はみんな宴会場にいた。
すると、ホテルの従業員か地元の人なのかな?

考えているうちに助平心が芽生えてきた。
長く湯に浸されていた竹は決して真っ直ぐなままではなかった。
水音を立てないように気を配りながら、そっと男湯と女湯の境界に近づいていく。

竹と竹の間から私が覗いた相手は「この世の者」ではなかった。
両の乳房の膨らみを見て取れるので、こちらを向いているのは確かなのだが、その身体には首がなかった。

「ああーっ!?あっ!?うわーっ!!」
「ヒャーッ!」

思わずあげた私の悲鳴に女の悲鳴が重なる。
湯船の縁まで後ずさり、私のではない悲鳴の出所を探す。
女の悲鳴は私の真後ろから聞こえてくる。
振り返ると、まるで幽霊屋敷のデコレーションのように大きな口を開けた女の首が転がっていた・・・。

人が騒ぐ気配で目を覚ました。
私の声が旅館まで聞こえ、従業員達が駆けつけたらしい。
どうやら私は温泉に浸かったままで気絶してしまったようだ。

「あ、大丈夫ですか?お客様?」
意識を取り戻した私を、介抱してくれた従業員の一人が声をかける。
私は飛び起きた。
何故なら、あの女の首があった所に私は寝かされていたからだ。

「あれは何処にいったんだ!?えっ!?」
私の叫びのような問いかけに従業員はキョトンとしている。
「え?・・・あのー・・・。一応なんですけども、お医者様をお呼びいたしましょうか?」
従業員は湯あたりした私が頭を打って気絶したものと判断したらしい。
心配げな従業員の申し出を丁重に断り、少しフラつきながらも自力で旅館に戻った。

翌日、大阪に戻り、自宅の最寄駅に到着したその時に

「ヒャーッ!」

と、あの女の声が後ろから聞こえた。
慌てて振り向いた。
そこに在ったのは、突然に畏怖の表情で振り返った私の表情に驚くサラリーマンの一群であった。

自宅のアパートに帰りついたが、さすがに風呂に入る気にはなれなかった。
一晩眠れば元に戻るだろう。
きっと気が緩んでいるんだと自分に言い聞かせてベッドに潜りこんだ。

翌朝は、あの女の悲鳴で目が覚めた。
しかし姿はない。
とりあえず身支度を整え出勤する。

会社では次の慰安旅行の行き先はどこがいいといった話で盛り上がっているが、
私は話の輪に参加する気になれなかった。

昼食も終わり、喫煙ルームでタバコをふかしている時にも”彼女”の声が聞こえた。
もちろん悲鳴の主の姿はない。
帰宅途中に通る、いつもの商店街でも”彼女”の声が聞こえ、
部屋の鍵を開けるときにも”彼女”の声が聞こえた。

翌日も翌々日も悲鳴は聞こえてきた。
しかし、女の悲鳴は私にだけ聞こえているようだった。
もの凄い形相で突然に振り返る私は、周りの人にしてみれば「危ない人」に見えているのだろう。

幾日かが経ち、私も悲鳴を気にしないように努めることにした。
確かに気味は悪いが、その悲鳴が聞こえてくる事で私や周りの人達に害がある訳ではないからだ。

心療内科の医者にも診てはもらったのだが、
「きっとストレスからくる耳鳴りのような物でしょう。ゆっくり温泉にでも行かれてはどうです?」
とニヤニヤと笑っていた。
きっとアメリカンジョークか何かのつもりだったのだろうが、全く笑えなかった。

「キャーッ!」

また悲鳴が聞こえた。
しかし、その悲鳴はいつもの”彼女”の声ではなかった。
しかも私の後ろからではなく左前の方から聞こえてくる。

悲鳴の聞こえる方を向くと道路の向こうで大きな口をあけて私の後ろを指差している女がいる。
指差している方向に向き直ると、クレーンに吊るされていた筈の巨大な鉄板のうちの一枚が
こちらに向かって滑り落ちてくるところだった。

咄嗟に避けようとしたが、間に合わなかった。

「アァーーーーーーッ!」

私は悲鳴をあげた。
鉄板は断頭台のギロチンさながらに私の首を数メートル先まで跳ね飛ばした。
胴体から離れても私の首はなおも悲鳴をあげ続け、その私の首と目が合った工事現場の警備員はへたりこんでしまった。

女鳴切温泉の「延命」の効果が、首から上にだけしかないのが残念でしかたがない。
叫びながらも真剣にそう思っている私の視線の先には、ドクドクと血を流しつづける首の無い私の体が横たわっていた。

そして私の体の隣では、幽霊屋敷のデコレーションのように大きな口を開けた”彼女”の首が悲鳴をあげていた。


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