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私、藤乃 夜舞(ふじの やまい)からの、ささやかな恐怖をお楽しみください

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藤乃 夜舞(ふじの やまい)

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また、あの違和感だ。
少し先に見えるペンキの色も褪せたベンチ。
その傍らにある大きなメッシュの白い屑入れ。
公園の景観を損ねない為の配慮からか、少なすぎるとも思える街灯。
左手の奥には野球場のバックスクリーンが見え、右手には緑色のフェンスが公園と住宅街との境界を誇示している。

何も増えてはいないし何も減ってはいないが、やはり胸騒ぎのような違和感を感じる。

しかし、今日の違和感はいつものとは少し違うような気がする。
少し慣れてきた違和感そのものに違和感を感じるのだ。
いよいよ私の精神が耐え切れなくなってきたのだろうかと思いつつ帰宅の徒を進めた。

いつものように風呂・食事・メールチェック・お気に入りのサイトの巡回をして床に就く。

不意に私の目の前に中年の男の顔が現れた。
それは良く見知った男の顔であった。

私だ。

一瞬、見間違えたのかと思ったが、今日の悪夢の主人公は『私』なのだ。
卵型の輪郭の上には見慣れたパーツが乗っている。
細い目、その目を飾る目尻の皺、冷たい印象を与える鷲鼻、少し厚めの唇、顎先と唇のちょうど中間程にある黒子。

間違いない。
どう見ても、この私なのだ。

私が見ている『私』は驚愕の表情を浮かべている。

被害者の私の顔からは血の気がどんどんと引いていくのが見て取れる。
これが公園で感じたいつもの違和感に対する違和感の正体なのか?

突然、私の顔が視界から消えた。
いや、消えたように見えただけであった。
それまで立っていた被害者の『私』が床に崩れ落ちたのだった。
再び『私』の顔に視点が戻った時の『私』は既に事切れているようだった。

横たわっている『私』の骸の下から、じんわりと血溜りが広がっていくのが見える。
そして視線は『私』の首に移った。
脈を確認する為に『私』の遺体の首に添えた血塗りの左手の薬指には、十七年前に妻に送った結婚指輪が光っていた。

私は飛び起きた。
妻も目が覚めたようだが「またいつもの夢なの?」とだけ言って直ぐに眠りについた。
喉がカラカラだった。
階下にある台所へと向かう為にゆっくりと階段を降りていく。

何故、妻は『私』を殺すのだろうか?保険金目当てだろうか?
しかし、今まで何一つ不自由させた覚えなど無い!なのに何故なんだ?
私の身体を気遣って最寄り駅まで歩くことをを勧めたのは妻ではないか?
「人間、体が資本なんだから、あなたも健康に気をつけなきゃ」と言って見せた優しい微笑は芝居だったのか?
そしてジワジワと込み上げて来る怒りの中で、私は一昨日に見た悪夢の犯人を知ることとなった。

一昨日の悪夢の中の被害者は『妻』であった。

グラス一杯の水を一気に飲み干した私は一振りの出刃包丁を握りしめ、二~三日後には私を殺すであろう妻のもとへと向かうことにした。
一度みているのだから、どうすればいいのかは判っている。
失敗することはないだろう。

「これでもう嫌な夢を見なくても済むんだなぁ」などと考えながら、私は「一昨日の悪夢の被害者」が眠る寝室への階段を踏みしめていった。


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